ベトナム人材を雇用する日本企業にとって、旧正月「テト」をめぐる休暇申請への対応は、毎年必ず訪れる実務課題です。2025年時点で在留ベトナム人は約57万人を超え、製造業・介護・IT・食品加工など幅広い分野で欠かせない存在になっています。その一方で、テトが持つ文化的な重みと日本の年次有給休暇制度の狭間で「どう対応すればよいのか」と迷っているHR担当者は少なくありません。

対応を誤ると、信頼関係の損傷・離職・最悪の場合は労務トラブルにつながります。逆に適切な配慮ができれば、定着率の向上と職場エンゲージメントの強化に直結します。本記事では、テトの意味・時期・職場への影響を整理したうえで、休暇申請への対応方針、就業規則の整備、在留資格確認まで、実務で即使える内容を網羅します。

テトとは何か:ベトナム人にとっての文化的意味と時期

テトの正式名称は「テト・グエン・ダン(Tết Nguyên Đán)」といい、旧暦の元旦にあたる旧正月です。中国・韓国など東アジア圏と同じ旧暦を用いるため、毎年1月下旬から2月中旬のあいだに時期が変動します。参考として、直近の日付は以下のとおりです。

  • 2025年テト:1月29日(蛇年)
  • 2026年テト:2月17日(馬年)
  • 2027年テト:2月6日(羊年)

テトは日本のお正月・クリスマス・お盆を合わせたような意味合いを持つ、ベトナム人の精神的・文化的基盤に根差した行事です。先祖への祭祀、家族の再会、年神を迎えるための大掃除と花の飾り付け、おせち料理にあたる「バインチュン(Bánh Chưng)」などの伝統料理の準備、子どもへの「リー・シー(lì xì)」と呼ばれるお年玉、そして新年初日の縁起担ぎ,, これらすべてがテトに凝縮されています。

ベトナム政府は例年テト前後に5〜7日間の公式祝日を設定しており、国内では交通機関が混雑し、多くの商店が閉まります。在日ベトナム人にとって帰省は時間的にも費用的にも容易ではありませんが、「一度は家族と過ごしたい」という思いは非常に強く、長期帰省を希望する人材が多いのはこのためです。さらに、テト前の時期は「年内に借金を返し、新年をきれいな状態で迎える」という文化的規範があるため、仕送りへのプレッシャーも高まります。

ミャンマー人材など他の東南アジア出身者との職場コミュニケーション上の違いについては、 ミャンマー人材の職場コミュニケーション記事 も参照すると、多国籍チームの運営に役立ちます。

テト期間中に職場で起きること:現場でよくある相談

現場でよくある相談として、人材会社や監理団体に寄せられる内容を以下に整理します。

「いつから何日間の休暇を申請すればよいか」

テト当日だけであれば1日で済みますが、ベトナム本国への帰省を希望する場合、渡航・滞在・帰国を合わせると最低でも10日〜3週間程度の休暇が必要です。また、テト前の「大掃除ウィーク」にあたる数日間も精神的に落ち着かない時期であり、「テト当日だけ休めれば十分」と感じているベトナム人材は実際にはほとんどいません。

「申請したいが言い出せない」

特に入社後日が浅い外国人材は「断られるのが怖い」「日本の職場では言い出しにくい」と感じ、年休申請を躊躇するケースが目立ちます。結果として、テト当日に突然の欠勤や「体調不良」を理由にした無断欠勤につながることがあります。

「帰省できなかった場合の精神的ダメージ」

帰省できなかったベトナム人材がその後モチベーションを低下させ、離職を検討するケースは現場で繰り返し報告されています。採用媒体の調査でも「離職を検討するタイミング」としてテト前後を挙げるベトナム人が多く、帰省の希望が通らなかったことへの失望、家族への罪悪感、「もっとよい職場があるのではないか」という比較心が交差するタイミングでもあります。

「ビデオ通話やSNSへの対応」

帰省できない場合、テト当日にリアルタイムで家族と繋がりたいニーズは非常に強くなります。就業時間外に安心してビデオ通話できるスペースを提供するだけでも、精神的なサポートとして機能します。

日本の労働法制度と休暇申請の判断基準

ここでは法制度の整理と、HR担当者が持つべき判断基準を示します。

日本の祝日法はテトを対象としない

「国民の祝日に関する法律」が定める休日はあくまで日本国内の祝日であり、外国の祭日はここに含まれません。したがって、テトを法定休日として扱う義務は企業にはありません。

年次有給休暇(労働基準法第39条)が基本的な手段

ベトナム人材がテトに休むための主な手段は年次有給休暇(以下、年休)の取得です。 e-Gov「労働基準法」第39条 が定めるとおり、労働者には所定の要件を満たせば年休取得の権利があり、使用者は原則として時季指定を拒否できません。時季変更権の行使は「事業の正常な運営を妨げる場合」に限定されており、単に「繁忙期だから」「ベトナムのお正月は日本の祝日ではないから」という理由による申請拒否は、労働基準法違反となる可能性があります。

厚生労働省は年次有給休暇の取得推進を事業者に求めており、申請理由の内容を問わず原則として年休を認める運用が求められています。詳細は 厚生労働省「年次有給休暇の付与日数は法律で決まっています」 を参照してください。

計画年休制度の活用

就業規則に「計画的付与」の条項を設け、テト時期に合わせて年休を計画付与することも有効な選択肢です。ただし、計画的付与には労使協定の締結が必要です。制度の詳細は最寄りのハローワークや社会保険労務士に確認することを推奨します。

無給特別休暇の設定

年休残日数が少ない場合や帰省のために長期休暇が必要な場合は、就業規則に「文化・宗教行事に関する特別休暇(無給)」の制度を設ける企業も増えています。これは法的義務ではありませんが、 外国人採用の基礎記事 でも紹介しているとおり、外国人材の定着率に有効な施策の一つです。

在留資格と帰省・再入国の確認

テトのための一時帰国では、在留資格を保持したままの出国(みなし再入国許可制度の適用)が可能です。ただし、出国から1年以内に再入国しない場合、在留資格が失効します。特定技能・技能実習・高度専門職いずれも、帰省前に在留カードと再入国許可の有効期限を確認するよう社内で案内することが不可欠です。詳細は出入国在留管理庁の公式サイトで確認できます。高度外国人材の在留資格については 高度外国人材の在留資格解説 もあわせてご覧ください。

失敗パターンと回避策

失敗パターンと回避策をパターン別に整理します。

パターン1:申請を実質拒否して離職が連鎖した

製造業の現場でよくある事例です。「テト期間は繁忙期と重なるため有給は取れない」と口頭で伝えたところ、ベトナム人材3名が翌月以降に相次いで退職したというケースがあります。帰省できないことへの失望と、「この会社では自分の文化が尊重されない」という不信感が重なると、離職の引き金になります。

回避策は、テト前(遅くとも前年11〜12月)に「希望する休暇期間を記入して提出してください」と周知し、シフト調整を先手で行うことです。1名が帰省中でも現場を維持できる体制を事前に組むことで、申請を受け付けやすくなります。

パターン2:承認基準が人によって異なった

日本人社員は年末年始休暇を取得しているにもかかわらず、ベトナム人材のテト休暇申請だけが「繁忙期」を理由に却下されたケース。実質的に外国人であることを理由にした不公平な処遇となり、労務リスクを高めます。休暇申請の取扱いルールを就業規則に明文化し、全従業員に同一基準で運用することが回避策です。

パターン3:無断欠勤として処理されてしまった

申請を言い出せなかった社員が「体調不良」として欠勤。本人は後ろめたさを感じ、上司は理由がわからず困惑する,, 双方にとって不幸な結果になります。入社時のオリエンテーションで「テトなど文化行事のための年休申請は歓迎しています」と明確に伝え、申請書のベトナム語版を用意するだけで申請ハードルは大きく下がります。

パターン4:再入国手続きを忘れて在留資格が失効した

特定技能の在留カードを持つ従業員がテトのため帰省し、1年以上経過してみなし再入国許可の有効期限を超えてしまったケース。在留資格が失効し、再就労に向けた手続きが複雑になります。帰省前に出入国在留管理庁の案内をもとに「みなし再入国許可の有効期限」を書面で説明し、確認書にサインをもらうことで予防できます。

採用担当者が見落としやすいポイント:テトと定着率・メンタルヘルス

採用担当者が見落としやすいポイントとして、テトの精神的・経済的インパクトがあります。

仕送りとテト前のストレス

家族へのプレゼント・現金・リー・シー(お年玉)を用意することは、日本で働くベトナム人材にとって強い義務感として機能します。テト前の12〜1月は送金額が増加する傾向にあり、金銭的なストレスが高まりやすい時期です。給与の支払いタイミングや前払い制度の有無が、この時期の心理的安定に影響することも念頭に置いてください。

テト元日の縁起担ぎと職場のタブー

テト元日には「その日に最初に誰と会うか」が一年の運勢を左右するという「ゾン・ザット(xông đất)」の風習があります。また、テト期間中は「悪いことを言わない」「ものを壊さない」「掃除をしない」などのタブーが存在します。これを知らずに通常業務を続けるだけでは、見えないところで精神的なフラストレーションが蓄積します。

テトを職場で祝う小さな配慮が大きな効果を生む

在日のベトナム人材に「Chúc Mừng Năm Mới(チュック・ムン・ナム・モイ)」と声をかけること、社内に黄色の花や金色の装飾を少し飾ること、昼食にバインチュンやベトナム料理を一品加えることなど、コストをかけなくてもできる配慮は多くあります。こうした積み重ねが、「この会社は自分を尊重してくれている」という実感に直結します。

テト後は離職検討が増える時期

帰省・帰国後に「やはり転職を考える」という行動に出るベトナム人材は少なくありません。帰省中に国内の求人情報を確認したり、同郷の知人から別の職場の情報を得たりするためです。テト後の1on1面談や上長からのフォローアップが、離職防止に直接効果を発揮します。

実務チェックリスト:テト前後の対応手順

実務チェックリストとして、HR担当者が確認すべき項目を時系列で整理します。

10〜11月:早期準備フェーズ

  • 翌年のテト日程を確認し、社内カレンダーに暫定マークを入れる
  • 年間シフト・繁閑カレンダーとテト時期の重なりを確認する
  • 就業規則に年次有給休暇・特別休暇の規定が明記されているかを確認する
  • ベトナム人材に「テト休暇申請受付を開始する」旨を多言語で周知する
  • 代替要員の確保が必要か、人員計画を見直す

12月:申請受付・シフト調整フェーズ

  • 休暇希望シートをベトナム語版で配布・回収する
  • 帰省希望者の航空券手配スケジュールを確認する(年末から予約が必要になる場合がある)
  • シフト上の代替要員を確保する
  • 年休残日数を確認し、必要に応じて計画年休・無給休暇を案内する

帰省前:在留資格・渡航確認フェーズ

  • 在留カードの有効期限が出国後も有効であることを確認する
  • みなし再入国許可の有効期限(出国から1年以内)を確認する
  • 1年を超える出国が予想される場合は出入国在留管理庁への相談を案内する
  • 帰国予定日・復職日を書面で確認する

テト当日〜期間中:コミュニケーションフェーズ

  • 在日ベトナム人材へ「Chúc Mừng Năm Mới」のメッセージを送る
  • 帰省できていない社員がビデオ通話できる休憩スペースを確保する
  • テト期間中の緊急連絡方法(帰省中の社員との連絡体制)を確認する

復職後:フォローアップフェーズ

  • 帰国・復職を書面で確認する
  • テト・帰省に関する感想を1on1で聞く
  • 離職意向の兆候(求職活動の話題、勤務態度の変化など)がないかを確認する

FAQ

Q1. テトのための休暇申請を拒否することはできますか?

年次有給休暇の申請は、「事業の正常な運営を妨げる場合」に限り時季変更権を行使できますが、単に「繁忙期だから」という理由での拒否は労働基準法違反のリスクがあります。厚生労働省のガイドラインでも年休取得の推進が求められており、時季変更を行う場合も代替取得日の提示が望ましいです。

Q2. テト帰省中に在留資格が切れる心配はありますか?

在留期間の更新は日本国内での手続きが原則です。帰省前に在留期間・みなし再入国許可の有効期限(出国から1年以内)を必ず確認してください。詳細は出入国在留管理庁 公式サイト で確認できます。

Q3. 就業規則に「テト休暇」を明記する必要がありますか?

法的義務はありませんが、トラブル防止と公平性の観点から「文化・宗教行事に関する休暇取扱い」を就業規則に明記することを推奨します。厚生労働省が提供するモデル就業規則や、最寄りのハローワークの外国人雇用相談窓口も参考になります。

Q4. 日本にいるベトナム人材への配慮として何ができますか?

「Chúc Mừng Năm Mới(新年おめでとう)」と声をかけること、社内に黄色の花などテトの装飾を飾ること、昼食にバインチュンなどベトナム料理を一品用意すること,, 小さな配慮でも大きな効果があります。ビデオ通話スペースの提供も効果的です。

Q5. テト後は採用活動にも影響しますか?

ベトナム国内では年明けから求職活動が活発になる傾向があります。テト後に転職を検討するベトナム人も多いため、テト期間中のリテンション施策と並行して、テト後の採用強化も視野に入れると効果的です。採用戦略のご相談は 外国人材のミカタ(YourBright) からお問い合わせください。

図解:テト対応確認フロー(採用前から復職後まで)

以下に、ベトナム人材を雇用する企業が毎年実施すべきテト対応の全体像を示します。フローは「採用前の制度整備」「入社後の周知」「テト前後の実務対応」の3段階で構成されます。

ステップ1:採用前の制度整備

最初に確認するのは就業規則です。年次有給休暇の取扱いが明文化されているか、外国人材向けの多言語説明資料が整備されているかをチェックします。テトなど文化行事に関する特別休暇制度の有無を検討し、必要があれば規則を改訂します。計画年休を導入する場合は、この段階で労使協定の締結準備も行います。

ステップ2:入社オリエンテーションでの周知

入社時に「文化行事のための年休申請は歓迎している」ことを口頭・書面で伝えます。申請書のベトナム語版を用意し、申請ルートを明確にします。帰省前に在留カードと再入国許可の確認が必要であることも、この段階で案内に含めておきます。

ステップ3:テト前・テト中・テト後の毎年ルーティン

前年10〜11月に翌年のテト日程を確認してシフト計画に落とし込み、12月に希望休暇シートを回収します。帰省前には在留資格・再入国許可の確認を全員に対して実施します。テト当日には在日スタッフへの祝福メッセージを送り、復職後には必ずフォローアップ面談を行います。このルーティンを毎年繰り返すことで、テトに起因するトラブルの大半は予防できます。

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ベトナム人材の採用・定着において、テトへの対応は「特別対応」ではなく「年間業務の一部」として組み込むべき重要事項です。制度の整備・文化理解・日常的なコミュニケーションの3つが揃って初めて、ベトナム人材が「この会社で長く働きたい」と感じられる職場環境が実現します。外国人材の採用・定着支援に関する専門的なご相談は、 外国人材のミカタ(YourBright) までお問い合わせください。ベトナムをはじめとした多国籍人材の採用実績を持つコンサルタントが対応いたします。

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この記事を書いた人

ヤマシタハヤト

ヤマシタハヤト

ユアブライト株式会社 取締役 / 登録支援機関 実務責任者。特定技能・外国人材採用・登録支援・在留資格実務を専門領域とし、登録支援機関であるユアブライト株式会社の取締役として、外国人材紹介と受入れ支援の実務に関わっています。

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