ベトナムは現在、日本にとって最大規模の外国人労働者送り出し国のひとつです。2025年末時点で在日ベトナム人は57万人を超え、技能実習・特定技能・技術・人文知識・国際業務など多様な在留資格で全国の職場に就労しています。採用数が増える一方で、現場の担当者からは「宗教的な理由での有給申請をどう扱えばよいかわからない」「食事会でトラブルになった」「テト前になると特定の従業員が精神的に不安定になる」といった相談が増えています。

宗教・信仰への職場配慮は、単なる「思いやり施策」ではありません。定着率・チームエンゲージメント・職場の心理的安全性に直結する実務上の経営課題です。本記事では、ベトナム人材の宗教的背景を体系的に整理し、採用前から入社後まで実践できる職場配慮の具体的な方法を解説します。

外国人採用の全体像と法的な前提知識については、 外国人採用の基礎記事 もあわせてご参照ください。

ベトナム人材の宗教構成——採用前に押さえたい基礎知識

ベトナムの宗教状況は「仏教国」という単純なイメージでは捉えきれません。ベトナム政府統計によれば、国民の約70〜75%が民間信仰と混合した仏教を信仰し、約7〜8%がカトリック、約1〜2%が高台教(カオダイ教)、約1%が和好仏教(ホアハオ仏教)、残りがプロテスタント・イスラム教などとされています。

採用担当者は、以下の三つの層に分けて理解すると実務判断の精度が上がります。

第一層:祖先崇拝(トウカウ・トーティエン) ベトナム社会において最も普遍的な信仰は、宗教宗派を超えた祖先崇拝です。仏教徒・カトリック・無宗教を問わず、ほぼすべてのベトナム人が祖先への祭祀を行います。自宅や居室に祭壇(バン・トウ)を設け、命日(忌日)・旧暦の朔日と望日(1日・15日)・テト(旧正月)などに線香を焚き、食べ物や花を供えるのが一般的な慣習です。

第二層:仏教的慣習 大乗仏教(北宗仏教)が主流で、特に年配の世代や農村出身者には旧暦1日・15日に動物性食品を口にしない「菜食日(精進日)」を守る人が少なくありません。食堂や弁当提供がある職場では、この慣習が食事の選択肢として問題になることがあります。

第三層:制度的宗教(カトリック・高台教など) カトリック信者は日曜のミサへの出席を重視します。ベトナム南部や中部の出身者にはカトリック率が高く、特定地域では信者比率が10〜20%に達することもあります。高台教(カオダイ教)は仏教・道教・キリスト教・儒教を融合した独自の宗教で、南部出身者に信者が多い点も覚えておいてください。

重要なのは、「ベトナム人=こういう宗教」という一律の想定を避け、個人ごとの信仰の有無と強度を確認することです。なお、厚生労働省の「外国人労働者の雇用管理の改善等に関する指針」では、宗教・信条を理由とした差別的な採用選考は禁止されています。配慮は自社の定着投資であると同時に、コンプライアンス対応でもあります。詳細は 厚生労働省の外国人雇用対策ページ をご確認ください。

職場運営に影響する主な宗教慣習と行事カレンダー

ベトナム人材の宗教・文化慣習が職場に影響するタイミングは、ある程度予測が可能です。主なものを整理します。

テト(旧正月・Tết Nguyên Đán) ベトナム最大の祝日で、旧暦1月1日前後の約1〜2週間が帰省・祭祀の最重要期間です。2026年のテトは2月17日前後にあたります。多くのベトナム人材が帰国を強く希望するため、通常の有給休暇の日数では不足するケースも頻繁に発生します。3ヶ月前を目安とした早期申請ルールとシフト代替要員の確保が必須です。

旧暦の命日(忌日・Ngày Giỗ) 亡くなった家族・親族の命日には、帰省または自宅での祭祀が行われます。突発的な有給申請の背景に命日が関係していることは少なくありません。命日は旧暦で計算されるため、年によってグレゴリオ暦の日付が変わる点にも注意が必要です。

旧暦の1日・15日(初一・十五) 仏教的慣習の強い従業員は、この日に精進食を守ることがあります。食堂や弁当提供がある事業所では、野菜中心の選択肢を1品確保するだけで従業員の満足度が変わります。

祖先崇拝の祭壇と寮環境 社員寮や社員住宅に入居するベトナム人材の中には、居室に小さな祭壇(線香立て・写真・位牌)を設置したいと希望する人がいます。防火規制や施設管理規則と照らし合わせたうえで、許容範囲を事前に確認・案内することが欠かせません。

カトリックの主要行事 クリスマス(12月25日)・復活祭(イースター)・各聖人の祭日などで礼拝出席を希望する信者がいます。日曜日の出勤が多いシフト勤務の職場では、日曜礼拝との調整が課題になりやすいため、早めに本人と確認する姿勢が重要です。

現場でよくある相談と判断基準

現場でよくある相談として、以下の五つのケースが挙げられます。それぞれの対応における判断基準も整理します。

ケース1:「テトに帰国したいが有給が足りない」 多くのベトナム人材にとってテト帰省は譲れない優先事項です。労働基準法第39条に基づく年次有給休暇の範囲内での調整を基本としつつ、計画的付与制度の活用も検討してください。判断基準として、申請は3ヶ月前までを原則とし、繁忙期との重複がある場合は日程変更協議を行うルールを就業規則に明記しておくことが、管理職の属人的判断を防ぐうえで有効です。

ケース2:「命日で急に休みたい」 日本人には馴染みが薄い慣習ですが、ベトナムでは命日は家族が集まる重要な行事です。突発申請が続く場合、まず命日の日程を旧暦カレンダーとともに事前に把握できないか確認し、可能な限り事前申請に移行できるよう促します。判断基準として、年間2〜3日程度の特別休暇または有給を認める方針を明文化している企業は、同様の問題でトラブルになりにくい傾向があります。

ケース3:「菜食日に食堂のメニューが合わない」 対応として、旧暦1日・15日に野菜中心の選択メニューを1品追加する、または持参弁当を許可するなどの柔軟対応が実践されています。費用対効果の高い定着施策として前向きに検討してください。

ケース4:「寮の部屋に祭壇を置きたい」 防火安全管理上の制限(線香の使用可否、煙感知器との兼ね合い)を管理会社と事前に確認し、「LED電球式の祭壇ライト使用可・線香は共用スペースで対応」など代替案を用意することで多くのケースは解決できます。

ケース5:「特定の日の夜勤を避けたい」 重要な忌日や行事の前夜・当日の夜勤を回避したいという申請が現場では発生します。年間行事を事前に把握し、シフト管理システムに「希望休」として入力できるよう案内することが、直前の混乱を防ぐ最善策です。

失敗パターンと回避策

失敗パターンと回避策を整理することで、他社の事例から学び、トラブルを未然に防ぐことができます。

失敗パターン1:宗教に無関心な職場文化 採用時に一切の宗教確認を行わず、「日本のルールに合わせてもらえばよい」という姿勢を取り続けた結果、テト前後に複数名が同時に退職申請を出したケースがあります。回避策として、入社時オリエンテーションで「宗教・文化的な事情に起因する休暇申請は遠慮なく相談してほしい」と明示し、相談窓口を具体的に伝えることが重要です。

失敗パターン2:食事会での配慮不足 歓迎会や忘年会で、精進日に菜食中のベトナム人材に肉料理を強く勧めたり、飲酒を強制したりするケースがあります。ベトナムでは仏教信仰の強い人が精進日に動物性食品を避けることは自然な行為です。回避策として、食事会の前に「食べられないものはありますか」と全員に確認する習慣を管理職に徹底することで防ぐことができます。

失敗パターン3:帰国申請の感情的却下 「今は繁忙期だから絶対だめ」と管理職が一方的に却下した結果、信頼関係が崩れ退職につながったケースがあります。業務上の都合を説明しつつ、期間調整や他の社員との交換という代替案を一緒に検討する姿勢が欠かせません。

失敗パターン4:就業規則への明文化なし 特定の従業員への配慮を属人的に行っていたために、他の従業員から「あの人だけ優遇されている」と不満が出たケースがあります。就業規則または社内ガイドラインに「宗教・文化的事情に基づく休暇申請の扱い」を明記し、公平性と透明性を担保することが根本的な解決策です。

なお、ミャンマー人材など他の東南アジア系人材でも類似の職場コミュニケーション課題が生じます。 ミャンマー人材の職場コミュニケーション記事 も参考になります。

採用担当者が見落としやすいポイント

採用担当者が見落としやすいポイントとして、以下の四点を挙げます。

出身地域による信仰の差 ハノイ(北部)・ホーチミン(南部)・フエ(中部)など出身地域によって、信仰の種類と強度が大きく異なります。南部出身者にはカトリック・高台教の比率が高く、北部出身者は仏教的慣習が強い傾向があります。採用時に出身地域を把握しておくだけで、配慮のポイントをある程度予測できます。

世代差と都市部・農村部の違い ホーチミン市やハノイの都市部出身の若い世代は、宗教的慣習が緩い場合も多くあります。一方、農村部・地方都市出身の中高年層は慣習が厳格な傾向があります。年齢と出身地を踏まえた個別確認が適切な配慮につながります。

在留資格更新と書類対応のタイミング テト前後は在留資格更新・各種届け出の書類提出が集中しやすい時期です。出入国在留管理庁への届け出期限と帰国希望日が重なるリスクがあります。 出入国在留管理庁の在留申請に関する公式ページ で手続きスケジュールを事前に確認し、従業員と一緒に計画を立てることを推奨します。特定技能・高度人材として採用している場合は、在留資格要件の管理も重なるため、 高度外国人材の在留資格解説 もあわせてご参照ください。

メンタルヘルスとの連動 宗教行事や祖先崇拝の時期(特に命日・テト前後)に精神的に不安定になるベトナム人材は珍しくありません。遠い異国で祖先の命日を一人で迎えることには、相当の精神的負荷が伴います。この時期の体調・メンタル変化に気づける職場環境(産業医の存在告知、管理職の定期的な声がけ)が離職防止に直結します。

図解:採用前確認フロー(宗教・文化配慮チェック)

以下は、ベトナム人材採用時に宗教・文化的配慮を整理するための推奨フローです。社内研修資料や面接ガイドとしてご活用ください。

ステップ1:採用面接・書類選考段階

  • 出身地域(北部・中部・南部)を把握する
  • 宗教・信仰の有無を本人の任意確認として実施する(強制しない・選考基準に使用しない)
  • テト・主要行事の帰国希望について事前に確認する

ステップ2:内定・入社手続き段階

  • 就業規則の宗教配慮条項を説明する
  • 有給休暇の付与方法・計画的付与ルールを案内する
  • 社員寮・社宅利用の場合は祭壇等の宗教用品に関するルールを事前に案内する

ステップ3:入社後オリエンテーション段階

  • 宗教・文化的な事情に基づく休暇申請の相談窓口を明示する
  • 食堂・食事提供がある場合はアレルギー・禁忌食の選択肢を確認する
  • 日本の年次有給休暇制度・申請方法を丁寧に説明する

ステップ4:入社3ヶ月後フォローアップ

  • 宗教・文化的な困りごとがないか1on1で確認する
  • テト・命日など年間行事のスケジュールを従業員と共有する
  • 管理職向け多文化理解研修の実施を検討する

このフローを組織の標準手順として整備することで、個別対応の属人化を防ぎ、全社的な定着支援の仕組みが整います。

実務チェックリスト

実務チェックリストとして、採用前後の対応を確認してください。すべての項目に対応することで、宗教・文化配慮を「仕組み」として運用できる状態になります。

採用前の確認事項

  • 宗教を採用の合否基準に使用していないことを面接官全員が理解している
  • 出身地域・信仰の有無を任意ヒアリングする面接ガイドを整備した
  • テト・主要宗教行事の帰国希望について事前確認できるフォーマットを用意した
  • 就業規則または社内ガイドラインに宗教・文化的配慮条項を記載した

入社時・入社後の対応事項

  • 宗教・文化的事情に基づく休暇申請の手続きと窓口を説明した
  • 食堂・食事提供がある場合、禁忌食・菜食対応の選択肢を確認した
  • 社員寮での宗教用品(祭壇・線香等)の扱いを管理会社と取り決め、従業員に案内した
  • 旧暦1日・15日の菜食習慣について管理職が把握しているか確認した
  • テト前後の有給取得計画を早期(3ヶ月前を目安)に把握する仕組みを整えた

定着支援・マネジメント事項

  • 命日・祭祀行事に関する突発休暇に対応できる補充体制を構築した
  • 管理職が宗教・文化的配慮の基礎知識を習得できる研修機会を設けた
  • ハローワークへの外国人雇用状況届出(翌月末期限)を確実に実施している
  • テト前後のメンタルヘルスフォローを担当する窓口担当者を決定した

外国人材の採用・定着支援全体について疑問点がある場合は、 外国人材のミカタへお気軽にご相談ください 。専任コンサルタントが業種・規模に応じた対応策をご提案します。

よくある質問(FAQ)

Q1:採用面接でベトナム人材の宗教を確認してもよいですか?

厚生労働省の採用選考指針に基づき、宗教を採用の合否に影響する選考基準として使用することは禁止されています。ただし、職場配慮の目的で本人の同意のもと任意確認することは問題ありません。「答えなくてもよいが、入社後の配慮に役立てる」という趣旨を明示したうえで確認するのが適切です。

Q2:テトの帰国費用を会社が負担する法的義務はありますか?

法令上の義務はありません。ただし、特定技能の在留資格では登録支援機関との支援計画に基づき帰国費用支援を実施しているケースがあります。福利厚生の一環として任意で設けることは、定着率向上の観点から有効な施策です。

Q3:祭壇を寮の居室に設置させてよいですか?

消防法および施設の管理規則に従うことが前提です。線香の使用が煙感知器に影響する場合は、電気式の祭壇ライトや防炎マットの使用を条件に許可するなど、柔軟な代替案を検討してください。管理会社または所轄消防署への事前確認が必要です。

Q4:特定技能・技能実習の外国人にも宗教配慮の義務はありますか?

出入国在留管理庁が定める特定技能の基準省令および技能実習制度の運用指針には、生活支援の観点から生活習慣・文化への配慮が明記されています。宗教的慣習への配慮は、この生活支援義務の一部と解釈されます。各在留資格の最新基準については出入国在留管理庁の公式サイトを参照してください。

Q5:複数のベトナム人材を採用した場合、国籍が同じでも宗教・習慣の違いで摩擦が生じることはありますか?

あります。ベトナム国内でも宗教・地域・世代による習慣の差は大きく、同国出身者同士でも価値観が大きく異なる場合があります。出身地域や信仰の違いを「問題」ではなく「多様性」として職場に浸透させるため、チームミーティングでの文化紹介の機会設定や、管理職の対話スキル向上が有効です。

Q6:ベトナム人材が退職理由を明言しない場合、宗教・文化的不満が背景にある可能性はありますか?

可能性は十分にあります。ベトナム文化では直接的な不満表明を避ける傾向があり、宗教・慣習への配慮不足が積み重なっても言葉に出さないまま退職を決める人は少なくありません。入社3ヶ月・6ヶ月・1年の節目に行う1on1面談で、生活・文化・宗教面の困りごとをオープンに聞ける場を設けることが離職防止の有効策です。

ベトナム人材の宗教・文化への職場配慮は、採用コストの回収と定着率維持に直接つながる経営投資です。「なんとなく対応している」から「仕組みとして対応している」へと移行するためには、本記事で紹介したチェックリストとフローを社内基準として整備することが第一歩です。

外国人材採用の全体像から在留資格の管理、多文化マネジメントまで体系的に整備したい企業は、 外国人採用の基礎記事 および 外国人材のミカタへのお問い合わせ もぜひご活用ください。

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*執筆:ヤマシタハヤト(tokutei_gino_practical_editor)/最終更新:2026年6月*

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この記事を書いた人

ヤマシタハヤト

ヤマシタハヤト

ユアブライト株式会社 取締役 / 登録支援機関 実務責任者。特定技能・外国人材採用・登録支援・在留資格実務を専門領域とし、登録支援機関であるユアブライト株式会社の取締役として、外国人材紹介と受入れ支援の実務に関わっています。

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