東京日本橋ロータリークラブ
ベトナム交流会(東京都)
代表幹事 小谷野 純 様
会員 森 正三 様

東京の中心・日本橋から将来を見据え日越の「街道」を
江戸時代には五街道の起点であり商業の中心地でもあった東京・日本橋。往時のにぎわいは400年を超える歴史の中でその形を変えながらも、現代まで引き継がれています。
服飾問屋の街・横山町、日本の富が動く街・兜町、観光客でにぎわう人形町、谷崎潤一郎を輩出した蠣殻町。日本銀行、三井本館、日本橋三越本店、千疋屋総本店……近世・近代日本文化の粋を集めた街です。
東京日本橋ロータリークラブは、この地域に根を張り、この地域を愛する企業経営者の方々が地域への貢献、さらには社会貢献を目的として奉仕活動を行う団体です。
当クラブ内の有志の方約70名が集まり、2012年にベトナム交流会が結成されました。今回お話をうかがった小谷野さんは、交流会の代表幹事を務めています。
「東京日本橋ロータリークラブの中心メンバーの一人である井口武雄さんが、日本ベトナム経済フォーラムという一般社団法人の代表理事をされています。日本とベトナム両国の発展に向けて、経済交流と人材育成を後押しする団体です。
そこで、当クラブでもその趣旨に賛同する人間たちが集まって、私たちなりに日本とベトナムの協力関係をバックアップしていこうということで交流会を起ち上げたわけです」
小谷野さんと同じく、ベトナム交流会のメンバーである森さんは、交流会の奉仕活動を通じてベトナムに日本のファンを作っていきたいと言います。
「ベトナムは急速に発展してきているとはいえ、貧しい境遇に置かれたこどももまだ大勢います。彼らに日本の文化に触れてもらい、日本のファンになってほしいのです。将来、日本で学びたい・働きたいと考える有望なベトナム人が増えることを期待しての、種まきといったところでしょうか」
交流会では奉仕活動の皮切りに、日本で絵本の寄付を募り、ベトナムの孤児院に送りはじめました。
ベトナムでは日本ほど図書館のような公的教育施設が発達しておらず、恵まれない境遇のこどもの教育機会は厳しいものがあります。そのギャップを埋める1つの方法として、絵本を送ることとしたのです。現地日本語学校の生徒に翻訳してもらいます。
以来6年にわたって続いている交流活動の1つのクライマックスとして、2018年7月にベトナム交流会のメンバー10名がベトナムに渡りました。
カトリック教会の慈善事業を日本からの奉仕活動が支える
時代を少々さかのぼって19世紀中葉のイタリア。カトリックの神父ヨハネ・ボスコは、刑務所や少年院に収容されていた若者たちが、心身ともに劣悪な状況に置かれていることに心を痛め、教育活動を始めました。
それはサレジオ会という組織の活動に発展し、海を渡って世界各国に広がります。若者たちが「愛されている」という実感を持つことで、内なる良心が健全に育っていくという神父ボスコ=ドン・ボスコの信念は、ベトナムにも渡りました。
ベトナム北部の大都市ハノイからさらに300kmほど北上した田舎町に、ドン・ボスコ修道会の教会があります。見渡す限りの畑の中にそびえる荘厳な建物の傍らに、身体の障がいを抱えるこどもたちが住む孤児院が併設されています。
この7月、ベトナム交流会メンバーは奉仕活動の一環として孤児院を訪問しました。日本とは比べ物にならない、肌を刺すような暑さでしたと小谷野さん。
「この孤児院には15人くらい入所しています。また、それとは別に日本でいう教会の日曜学校みたいなものも運営していて、周辺の貧しいこどもたちが集って聖書の勉強をしたり、スポーツや音楽などの芸術活動にいそしんだりと、楽しく学んでいるようです。
ベトナムは教育費が安く、国立大学の年間の学費が1万円~5万円程度。ただ、それでも進学できない若者が多くいます。私どもの交流会では、健常者3名・身体障がい者3名に奨学金を出しています。今後も継続していく予定です」
こどもたちの明るく元気な姿が印象的でした、と森さん。
「6歳~16歳くらいの年代のこどもたちが入り混じって楽しく勉強しているようです。修道会の方々のほか、大学生のボランティアが面倒を見ていると聞きました。
とにかくこどもたちが本当に元気でした。歓迎会を開いていただいたのですが、音楽の出し物で楽しませてもらいましたし、手作りの料理でもてなしていただいて……。
これまでの交流会からの寄付を使って、神父さんが成績優秀者を表彰していました。こどもたちの教育と、意欲向上に役立っているのを目の当たりにできて、本当に嬉しかったですね。
今回もボールペンや古着、ぬいぐるみなどを持っていきました。当地にはバザーのような文化がないようで、寄付したものはそのまま使われたり、貧しい家庭に配られているそうです」
現地でこどもたちと触れ合うことで、交流会メンバーの方々も確かな手ごたえを得られた様子です。これからもベトナムのこどもたちに愛と教育を与える手助けをしていくことで、日越の友好を図っていきたいという力強い言葉が聞かれました。

おふたりに、訪問してみての印象をお聞きしました。
日本の戦後すぐくらいの感じかな……と小谷野さん。
「経済開放後、急速に発展していると聞いていたので正直、驚きました。貧しいこどもたちがこんなにいるのかと。発展しているのはハノイのような都市部だけなんですよね。田舎の暮らしぶりは昔と変わらないようで。
日本の戦後すぐくらいの感じといいますか……ただその分、こどもたちの目の輝きは違うと思いました。彼らはとても勤勉で、親切でした」
そうそう確かに、と後を引き取る森さん。
「物質的には貧しいと思いました。歓迎会でも、私たちはとても豪華な料理でもてなしていただきましたが、こどもたちはいつも通りの一汁一菜でした。私たちは年に1回、お正月に食べるような特別な料理を出してもらっていたんですね。あらかたこどもたちにあげてしまい、みな喜んで食べていましたが。
でも心は貧しくなっていない、と思いましたね。勉強は本当に一生懸命やっているようですし、もっと頑張りたいという意欲を私たちにもアピールしてくれます。率直に感謝を表現してくれます。こういう部分は、日本の豊かな若者には見られない良さといいますか……日本人が今の地位に安住していると負けるな、と思ったのが正直なところです。
もちろん、私たちはベトナムの優秀な若者が将来日本に来たいと思ってくれるように活動しているので、彼らの意欲を目の当たりにできたのは本当に嬉しいことです」
おふたりとも、ベトナムのこどもたちの素直さとエネルギーに感銘を受けた様子です。
日本に比べてベトナムはまだ若い国ですが、それでも少子化が進んでおり、2033年には高齢社会の仲間入りをします。
現在は介護の需要はまだそれほど大きくないので、高齢者は家庭で面倒を見るのが一般的。日本のように介護事業所で面倒を見ていただくのはレアケースです。しかし、高齢化の進展で介護需要は一挙に高まってきます。
「ベトナムの若者が日本に来て介護を学び、技能を身につけるにはそれなりの時間がかかります。その間、日本の介護現場を支えてくれる貴重な人材になるわけです。超高齢化・人口減少の日本を支える一翼を担ってくれたらと思います。
また彼らがベトナムに帰ることがあっても、母国の介護を支えるリーダーとして活躍することができます。こうした人材交流で、日越関係がより発展していくことを願っています」
介護分野における日越交流の意義をしみじみと語る森さんでした。
ベトナム人の女性はとても働き者でホスピタリティがあるよね……男性はなまけている人もいるけど(笑)、日本で勉強するような意欲のある男性は大成功しているね……そんなお話がまだまだ尽きないおふたりでした。
ユアブライトは日越の人材交流を通して、介護事業所様の人材問題の解決に今後とも尽力してまいります。ご期待ください。