ベトナム人材を受け入れた企業のHR担当者から寄せられる相談の上位は、「なぜ積極的に意見を言わないのか」「報告が遅い」「できると言ったのに抱え込んでいた」という三点に集約されます。こうした行動の多くは、個人のキャラクターや能力の問題ではなく、ベトナム社会に歴史的に根付いた上下関係の文化規範から生じています。表面的な「従順さ」や「消極性」と誤解したまま対処すると、定着支援の方向性を誤り、早期離職を引き起こしかねません。

本記事では、ベトナム人の上下関係が持つ文化的・歴史的背景を整理し、職場でどのような行動パターンとして現れるかを具体的に解説します。採用・定着を担うHRご担当者・経営層の方が現場ですぐに使えるコミュニケーション対応法、失敗事例と回避策、実務チェックリスト、よくある質問までを網羅した構成としています。

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ベトナム社会に根付く上下関係の背景

ベトナムは儒教思想の影響を強く受けた国です。中国による約1,000年にわたる支配(紀元前111年〜939年)の歴史的経緯から、「五倫(ごりん)」と呼ばれる人間関係の階層概念が生活文化の根底に刻まれています。五倫とは君臣・父子・夫婦・兄弟・朋友の5種類の関係を指し、それぞれに礼儀と義務が定められています。現代のベトナムでも、この階層的人間観は家族・学校・職場のあらゆる場面に生きており、「誰が上で誰が下か」を絶えず意識しながら人は振る舞います。

年齢と敬称が示す社会秩序

ベトナム語には日本語以上に精緻な人称代名詞の体系があります。初対面の場面では相手の年齢を確認するのが慣例で、自分より年上であれば「アイン(兄)」「チ(姉)」、年下であれば「エム(弟・妹)」と呼び合います。この呼称は単なる礼儀ではなく、「誰が主導し誰が従うか」という関係性の明示的な宣言でもあります。

職場においても、入社年次・役職・年齢の三軸が複雑に絡み合い、誰に対してどのように振る舞うべきかが常に意識されています。日本企業の「先輩・後輩」文化と共通する部分がありますが、ベトナムでは年齢差が1〜2歳であっても厳然とした序列意識が生まれます。

集団調和を優先する「面子(メンツ)」の意識

ベトナム人の上下関係において特に重要なのが、公衆の場での面子(メンツ)の保護です。上司から叱責されても口答えしないのは「従順だから」ではなく、「その場の秩序を乱さない」という集団調和への配慮から来ています。同様に、失敗を認めることは個人の恥にとどまらず、チーム全体の調和を壊す行為として認識される場合があります。

この価値観は、「問題があればすぐに報告する」という日本型の職場慣行と摩擦を生じやすいポイントです。「報告が遅い」という現場の声の多くは、この面子の文化に起因しています。

職場で現れるベトナム人の上下関係:具体的な行動パターン

文化的背景を理解したうえで、実際に職場でどのような行動として現れるかを整理します。

上司への強い依存と指示待ち傾向

ベトナムの学校教育では、教師の言葉が絶対的な権威を持ちます。「正解は教えてもらうもの」という学習スタイルが身に付いているため、「自分で考えて自律的に動く」ことへの心理的ハードルが高い場合があります。職場では上司から明確な指示がないと動けず、「指示待ち」と評価されてしまうケースが生まれます。

これは受動性ではなく、「上司の意図を外れた行動は失礼にあたる」という配慮から来ていることが多いです。指示の細かさと確認頻度を上げることで、自律的な行動を引き出しやすくなります。

「NO」と言えない同意のパターン

面子意識と連動して、ベトナム人は公衆の場で上司や先輩の提案を否定することに強い抵抗を感じます。「わかりました」「できます」という返答が、実際には理解不足や無理を抱えたままの形式的な同意であるケースが多々あります。「ちゃんとわかったと言っていたのに、全然できていなかった」と管理職が感じる場面の多くは、このパターンが原因です。

同世代・同郷の強い連帯感

一方で、同じ年齢層や出身地域の仲間との横の連帯は非常に強く、職場内でのコミュニティ形成も早いです。同期や同郷スタッフが先に退職すると、後続スタッフも連鎖退職するリスクが生じます。この連帯ネットワークを離職防止に活用することが定着支援の鍵になります。

年功と役職が一致しないときの葛藤

年下の日本人社員から指導を受けることは、年長のベトナム人スタッフにとって潜在的なストレス要因になります。本人が抵抗感を表に出さないまま内面で葛藤を抱え、それが沈黙・消極的な態度・最終的な離職として現れるケースがあります。

現場でよくある相談と失敗パターンと回避策

ここでは、HR担当者・現場管理職から寄せられる典型的な相談と、それぞれの失敗パターンと回避策を整理します。

相談①:「やる気がなさそうで報告が遅い」

失敗パターンとして多いのは、遅刻や報告遅延を「モチベーションの問題」として本人に直接注意すること、とりわけ朝礼や全体ミーティングで名指し指摘することです。公衆の場での指摘は面子を傷つけ、信頼関係の崩壊につながります。

回避策としては、一対一の面談で「この案件の報告を○日○時にください」と具体的な行動ベースの依頼をする形に切り替えることが有効です。報告が遅れた際も、追及ではなく「なぜ報告しにくかったか」を先に聞く姿勢が関係構築に直結します。

相談②:「できると言ったのに全然できていない」

失敗パターンは、「なぜできないのか」を追及するミーティングを開くこと、「できないなら最初からそう言え」とたしなめることです。いずれも本人の面子を傷つけ、その後の情報共有をさらに遅らせます。

回避策は、指示後に「具体的にどう進めるか一緒に確認しましょう」と作業ステップを分解して確認するプロセスを設けることです。ロールプレイ形式の確認も理解度の把握に効果的です。

相談③:「グループ内で日本語を話さず孤立している」

一律に「就業中は日本語を使うよう」と制限する対応は逆効果になりやすいです。休憩時間や社内コミュニティの場では母語使用を容認しつつ、業務上必要な場面では日本語使用を丁寧に促すバランスが重要です。ベトナム人先輩スタッフをメンターに任命してブリッジ役を設けると、情報共有の質とスピードが向上します。

ミャンマー人材のコミュニケーション事例も参考になります 。文化背景が異なるアジア人材に共通する配慮点を比較してご活用ください。

早見表:場面別コミュニケーション対応ガイド

以下は、ベトナム人スタッフとのやり取りで管理職が直面しやすい場面ごとに、望ましい対応と避けるべき対応を整理した早見表です。

場面① 業務指示を出すとき

  • 望ましい対応:目的・手順・期限を順番に伝え、理解確認を「どの手順から始めますか?」と行動ベースで問いかける
  • 避けるべき対応:「わかった?」と一言確認して終わる(曖昧な「はい」を引き出すだけになる)

場面② ミスを指摘するとき

  • 望ましい対応:個室や1on1の場で事実ベースのフィードバックを行い、改善策を一緒に考える姿勢を示す
  • 避けるべき対応:朝礼や全体ミーティングで名指しして注意する(面子を傷つけ信頼関係が崩れる)

場面③ キャリア面談を行うとき

  • 望ましい対応:「5年後どうなりたいか」より「今の仕事で一番楽しいことは何か」から入り、自己開示を促す
  • 避けるべき対応:「あなたはリーダーに向いている」と一方的にキャリア像を押しつける(家族・帰国・転職計画と競合している場合がある)

場面④ 残業・休日出勤を依頼するとき

  • 望ましい対応:前日までに相談し、家族や個人の予定への配慮を示したうえで依頼する。代休・手当の案内も合わせて行う
  • 避けるべき対応:当日に突然「今日残ってほしい」と依頼する(家族を大切にする文化があるため、突発的な変更は信頼を損ないやすい)

場面⑤ 成果を褒めるとき

  • 望ましい対応:具体的な行動を指して褒める(「あのとき素早く報告してくれたおかげで助かった」)
  • 避けるべき対応:「頑張っているね」とだけ抽象的に伝える(何が評価されているかわからず、本人の不安を生む)

採用担当者が見落としやすいポイント

採用・受け入れフェーズで文化的背景への理解不足から生じる、見落としやすいポイントを以下に整理します。

入社前の「期待値ギャップ」の確認不足

ベトナム人労働者の多くは、送り出し機関や仲介を通じて「日本での生活は快適」「給与が高い」という情報を強く印象付けられて来日します。実際の職場環境・給与・業務内容と期待値が大きく乖離していると、入社後3〜6ヶ月以内に離職するリスクが高まります。入社前オリエンテーションでは、日本の職場文化(残業の実態、敬語、報連相の重要性)をベトナム語で具体的に説明するプロセスを整備することが定着率向上に直結します。

宗教・節句・記念日への無理解

ベトナムは仏教系の習慣と民間信仰が混在する国で、陰暦に基づくテト(旧正月)や忌日の風習が今も根強く残っています。テト前後(1〜2月)は帰国希望者が増加するため、有給取得ルールと申請期限を事前に共有しておく必要があります。厚生労働省の「外国人労働者の雇用管理の改善に関するガイドライン」でも、宗教・文化的背景への配慮が雇用管理上の重要事項として明記されており、体制整備の根拠として参照できます。

参考: 厚生労働省 外国人労働者の雇用管理

在留資格の更新タイミングを会社側で把握していない

在留資格の更新期限が近づいているにもかかわらず、本人・会社ともに手続きを失念し、就労継続に支障が出るケースがあります。出入国在留管理庁の在留申請オンラインシステムでは所属機関の担当者が代理で申請を行うことも可能です。会社側でも在留期限を管理台帳に登録し、期限の3ヶ月前には本人への通知プロセスを設けることを推奨します。

参考: 出入国在留管理庁 在留申請オンラインシステム

ハローワークへの届出と社内管理を連動させていない

外国人を雇用する事業主は、ハローワークへの「外国人雇用状況の届出」が義務付けられています(雇用対策法第28条)。届出の記録を在留管理台帳と照合しておくことで、更新漏れや書類不備のリスクを早期に発見できます。

判断基準:上下関係トラブルの根本原因を見極める

職場でベトナム人スタッフとのコミュニケーション課題が発生したとき、「本人の問題」か「文化・制度・マネジメントの問題」かを正しく見極めることが、的確な対処の前提です。以下の判断基準を活用してください。

「指示待ち」が続いている場合の判断基準として、まず業務マニュアルが日本語のみで提供されていないか確認します。多言語化やルビ追加を先に行うことで解消するケースが多いです。上司が「何かあれば言ってね」とだけ伝えている場合は、具体的な報告タイミングと方法をセットで伝えていないことが原因です。また、本人が「何をゴールに働くか」を理解していない場合は、目標設定面談の実施が有効です。

「無断欠勤・連絡遅延」が起きた場合の判断基準としては、家族の緊急事態(ベトナム在住の家族の病気・訃報など)が背景にあるケースが多いです。孤立状態(同郷の仲間との断絶)になっていないか、連絡手段(LINEなど)が機能しているかをあわせて確認します。

「急な退職申し出」が来た場合の判断基準は、テト前後(1〜2月)や夏季(7〜8月)の帰国シーズンと重なっていないか、同僚・同期の離職が先行していないかの二点です。連鎖離職が疑われる場合は、在籍中の他のベトナム人スタッフの状況を速やかに把握してください。

実務チェックリスト:ベトナム人材の職場定着に向けて

以下のチェックリストを採用・受け入れ・定着支援の各フェーズでご活用ください。

採用・入社前フェーズ

  • 入社オリエンテーション資料をベトナム語で用意しているか
  • 配属チームの年齢・役職構成を事前にベトナム人スタッフへ説明しているか
  • テト前後の有給申請ルールと期限を明示しているか
  • 在留資格の有効期限と更新スケジュールを社内の管理台帳に登録しているか
  • ハローワークへの外国人雇用状況届出の手順を担当者が把握しているか

入社後1〜3ヶ月フェーズ

  • 週1回以上の1on1面談を設定しているか
  • 業務指示を「目的・手順・期限」の3点セットで伝えているか
  • ベトナム人先輩スタッフによるメンター制度を導入しているか
  • 困りごとを相談できる窓口(担当者・LINEグループ等)を設けているか
  • 名指しでの公開注意を行わないよう管理職に周知しているか

3〜12ヶ月フェーズ

  • キャリア面談を実施し、本人の希望と会社の期待をすり合わせているか
  • 昇給・評価基準を日本語以外の言語でも明確に説明しているか
  • テト帰国希望の事前申請ルールを年度初めに周知しているか
  • 離職の兆候(欠勤増加・沈黙・同僚との断絶)を定期的にモニタリングしているか

採用・定着に関してご不明な点や個別のご相談がある場合は、 外国人材のミカタ編集部へのお問い合わせ よりご連絡ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. ベトナム人スタッフが会議で全く発言しないのはなぜですか?

ベトナムでは、会議の場で上位者の意見に反論したり自分の考えを積極的に主張したりすることは礼儀に反すると認識されることがあります。特に日本人上司が同席する全体会議では「自分が発言すべき立場か」を慎重に判断しています。小グループや同国人のみの場では活発に意見交換が行われることも多く、全体会議の前に小グループで意見を引き出す場を設けることが有効です。

Q2. 年下の日本人社員が年上のベトナム人スタッフを管理する場合、どんな工夫が必要ですか?

日本企業では「職位(役職)が年齢より優先される」ことを、具体的な事例を交えて丁寧に説明することが最初のステップです。同時に、年上スタッフの経験・知識を「尊重している」という姿勢を言葉と行動で継続的に示すことで、心理的な抵抗を和らげることができます。

Q3. ベトナム人スタッフが突然「帰国したい」と言ってきました。どう対応すべきですか?

まず背景にある理由を丁寧に聞き取ることが重要です。家族の緊急事態なのか、職場への不満なのか、本国でのキャリアチャンスなのかによって対応が変わります。在留資格の残存期間を確認し、手続き面のサポートも含めて検討します。テト前後や夏季に多い傾向があるため、年間を通じた帰国希望の事前申請ルールを整備しておくことが予防策になります。

Q4. 「上下関係を重んじる」文化のベトナム人材に、フラットな組織文化は合わないのでしょうか?

一概にそうとは言えません。ベトナムの若い世代、特に都市部出身者は、フラットな組織文化への適応力が高く、むしろそうした環境を好む傾向も見られます。ただし「上位者への敬意」という基本的な価値観は世代を超えて根強いため、フラットな文化を導入する際も「誰がどのような権限と責任を持つか」を明示することが安心感につながります。

Q5. 在留資格の管理は会社が担う必要がありますか?

法律上は本人が申請義務を負いますが、実務上は会社側がサポート体制を整えることが定着率の向上と不法就労リスクの回避につながります。出入国在留管理庁の在留申請オンラインシステムでは所属機関の担当者が代理申請を行うことも可能です。ハローワークへの外国人雇用状況届出とあわせて、会社として一括管理する体制を整えることを推奨します。

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ベトナム人の上下関係は、職場での「困った行動」を生む原因ではありません。正しく理解することで、職場秩序の維持・チームの団結・丁寧な仕事ぶりというプラスの力として活用できる文化的資産です。儒教的な階層意識と集団調和の価値観を踏まえてコミュニケーション設計を見直すことが、ベトナム人材の早期離職を防ぎ、長期的な戦力化に直結します。

外国人材の採用から定着支援まで体系的に取り組みたいHR担当者の方は、 外国人採用の基礎知識ページ もあわせてご参照ください。個別の課題については 外国人材のミカタ編集部 へお気軽にご相談ください。

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