「何度注意しても遅刻がなくならない」「時間を守る意識が低いのではないか」。ベトナム人材を受け入れている職場では、こうした悩みの声が非常に多く聞かれます。ベトナムには「giờ cao su(ゴムの時間)」という言葉があるほど、時間に対する感覚が日本とは根本的に異なるのでしょう。そこで、ベトナム人の時間感覚の文化的背景と、日本の職場で実際に効果が出ている具体的な対処法について解説します。

ベトナム人の時間感覚①:日本と異なる根本的な理由

ベトナム人の遅刻を「だらしなさ」や「やる気のなさ」と結びつけてしまう方も少なくありません。しかしながら、その背景には日本とは大きく異なる時間観が存在します。まずは、ベトナム社会における時間の捉え方を見ていきましょう。

「giờ cao su(ゴムの時間)」がベトナムの時間観を象徴している

ベトナムには「giờ cao su」という表現があります。直訳すると「ゴムの時間」で、時間は伸び縮みするものだという感覚を端的に表した言葉です。日本では「約束の時間は絶対に守るもの」という前提が広く共有されていますが、ベトナムではそもそも時間に対する厳格さが日本ほど求められません。たとえば、友人との待ち合わせに15分から30分程度遅れることは、ベトナムでは特に問題視されないことも珍しくありません。

この感覚は個人の怠慢ではなく、社会全体に根付いた文化的な価値観から生まれたものと考えていいでしょう。そのため、「なぜ遅刻するのか」と問い詰めても、本人にとっては明確な悪意や怠けがあるわけではないケースがほとんどです。ベトナム人の国民性や性格的な傾向についてさらに詳しく知りたい方は「ベトナム人の特徴とは?」の記事もあわせてご覧ください。

日本の「5分前行動」は世界標準ではない

日本では「5分前行動」が社会人の基本マナーとして教えられます。始業時刻の5分前に着席し、準備を整えておくことが当然とされていると言われています。一方、このような時間感覚は世界的に見ると非常に特殊なものでしょう。東南アジアや南米、中東など多くの地域では、予定時刻は「おおよその目安」として認識されている傾向があります。

つまり、ベトナム人が時間にルーズなのではなく、日本の時間感覚が世界的に見て極めて厳格であるという視点も持っておくことが大切です。この視点を持つだけで、遅刻に対する感情的な反応を和らげることができるでしょう。

関係性重視の文化が「遅刻」を生むメカニズム

ベトナム社会では、スケジュールの正確さよりも人間関係が優先されるという傾向があります。たとえば、出勤途中に知人と偶然会い、立ち話をしてから職場に向かうといった行動はベトナムでは自然なことでしょう。また、家族の急な用事や頼まれごとを断れず、結果として遅刻してしまうことも少なくありません。

日本では「時間を守ること=相手への敬意」と捉えられますが、ベトナムでは「目の前の人との関係を大切にすること=敬意の表れ」と考えられています。この価値観の違いが、時間に対する行動の差となって現れるのでしょう。

ベトナム人の時間感覚②:「遅刻」の裏にある実際的・環境的な要因

文化的な背景に加え、ベトナムの生活環境そのものが時間感覚に影響を与えている側面もあります。日本とは異なる環境で育ってきた人々にとって、時間通りに行動することの難しさは想像以上かもしれません。

交通事情が日本とはまるで違う

ベトナムの都市部、特にハノイやホーチミンでは、バイクによる交通渋滞が日常的に発生しています。信号や交通ルールの遵守も日本ほど徹底されておらず、移動時間の予測が非常に難しい環境です。そのため、「何時に出れば何時に着く」という計算が立ちにくく、結果として遅刻が常態化しやすくなるという傾向があります。

日本に来てからも、この感覚がすぐに切り替わるわけではありません。「余裕を持って出発する」という習慣自体がベトナムの生活環境では身につきにくいものだと理解しておくほうがいいでしょう。

熱帯気候が生活リズムそのものを変えている

ベトナムは熱帯性気候に属し、特に南部では年間を通じて高温多湿な日が続きます。こうした環境では、日中の暑い時間帯を避けて行動することが合理的であり、昼寝の習慣が広く根付いているのがベトナムスタイルです。午前中はゆっくり始め、昼食後に長めの休憩を取り、夕方から活動するという生活リズムも珍しくありません。

加えて、日本のように電車のダイヤが分刻みで正確な国は世界でもまれです。ベトナムでは公共交通機関が時刻表通りに運行されないことが一般的であり、「時間通りに動く」という経験自体が少ないことも、時間感覚の違いに影響していると考えていいでしょう。

ベトナム人の時間感覚③:やってはいけないNG対応

遅刻が続くと、つい厳しい対応を取りたくなるものです。とはいえ、対応の仕方を誤ると、問題が解決しないばかりか、職場の信頼関係を損なう結果になりかねません。ここでは、避けるべき対応について確認していきましょう。

「日本では遅刻は絶対ダメ」と頭ごなしに叱るのは逆効果

「日本のルールだから守りなさい」という伝え方は、ベトナム人には一方的な押しつけとして受け取られる可能性も否定できません。ベトナム人は面子を大切にする文化を持っており、人前で強く叱責されると、反省よりも先に屈辱感や反発心を抱くことがあります。

そのため、注意する際は個別の場を設け、感情的にならず、具体的な改善策を一緒に考えるという姿勢が重要になるでしょう。面子への配慮を踏まえた接し方の基本については「ベトナム人社員への接し方|職場のマナーとコミュニケーション術」の記事で詳しく解説しています。

「みんなやってるから」という同調圧力は通じない

日本の職場では「周囲に合わせる」ことが暗黙の了解として機能しています。一方、ベトナムでは個人の事情や判断が尊重される傾向があり、「他の人はちゃんと来ているのに」という言い方では響きにくいことも少なくありません。

だからと言って、ルールを緩めるべきだという話ではありません。伝え方のアプローチを変え、「なぜこの職場で時間厳守が必要なのか」を論理的に説明することが大切です。

罰則やペナルティだけに頼ると信頼関係が崩壊する

遅刻に対して減給や始末書などのペナルティを設ける職場もあります。もちろん、一定のルールは必要でしょう。しかしながら、罰則だけで行動を変えようとすると、ベトナム人社員のモチベーションが大きく低下するリスクも否定できません。

ベトナムでは、上司との信頼関係が仕事への意欲に直結する傾向が強いと言われています。罰則よりも、「なぜ守るべきか」の理解と、「守れたときの承認」を組み合わせたほうが、長期的に見て高い効果が期待できるでしょう。

ベトナム人の時間感覚④:現場で効果が出ている具体的な対処法

文化的背景を理解したうえで、実際にどのような対応が効果的なのかを見ていきましょう。ここでは、ベトナム人材を受け入れている現場から寄せられる成功事例をもとに、実践的な方法を紹介します。

「なぜ時間を守る必要があるのか」を業務上の理由で明文化する

「日本の常識だから」ではなく、「あなたが遅刻すると、ラインが止まって他の人の仕事が10分遅れる」というように、業務上の具体的な影響を説明することが効果的です。ベトナム人は論理的な説明を重視する傾向があり、抽象的なマナーよりも、実際の業務への影響を示したほうが納得を得やすいでしょう。

可能であれば、入社時のオリエンテーションで時間管理に関するルールとその理由を文書化しておくと安心です。口頭だけの説明は記憶に残りにくく、後から「聞いていない」というすれ違いが起きることもあります。

「5分前行動」ではなく「到着すべき時刻」を数字で明示する

「始業の5分前には来てください」という伝え方は、暗黙の了解に慣れている日本人には通じますが、ベトナム人にとっては分かりにくいことがあります。「8時55分までに更衣室に入ってください」のように、到着すべき具体的な時刻を数字で示すほうが明確でしょう。

また、「朝礼は9時ちょうどに始まります。遅れると参加できません」のように、時刻と結果をセットで伝えることも有効です。曖昧さを排除し、期待される行動を明確にすることが、文化の異なる人々と協働するうえでの基本になるからです。

改善できたら「気づいている・評価している」と伝える

ベトナム人は、努力を認められることに対して非常に高いモチベーションを感じるという傾向があります。遅刻が減ってきた段階で「最近、毎日時間通りに来ていて助かっています」と声をかけるだけで、大きな効果が期待できるでしょう。

とはいえ、大げさに褒める必要はありません。日常的な声かけの中で、「気づいている」「評価している」というメッセージを伝えることが大切です。この小さな積み重ねが、時間を守ることへの内発的な動機づけにつながっていきます。

まとめ

ベトナム人の時間感覚は、「giờ cao su(ゴムの時間)」という言葉に象徴されるように、日本とは根本的に異なる文化的背景を持っています。遅刻を「だらしなさ」と決めつけるのではなく、その裏にある文化や環境を理解することがまず大切です。そのうえで、論理的な説明と具体的な数字による伝達、そして改善を認めるコミュニケーションを組み合わせることで、着実に改善が進んでいくでしょう。「遅刻する人」ではなく「時間の捉え方が違う人」という視点を持つことで、互いにとってより働きやすい職場環境を築いていけると思います。

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